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東京高等裁判所 昭和56年(う)439号 判決 1981年8月25日

主文

原判決中被告人岸田茂雄、同岡好彦、同梅田勉に関する部分を破棄する。

被告人岸田茂雄を懲役二年に

被告人岡好彦を懲役二年に

被告人梅田勉を懲役一年八月に

各処する。

被告人梅田勉に対し、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用(証人宇野政雄に支給した分)は被告人岸田茂雄、同岡好彦の連帯負担とする。

理由

<前略>

判旨被告人梅田の弁護人の所論は、本件入試問題用紙は窃盗の客体である財物にあたらない、と主張するのであるが、本件入試問題用紙は、そのものの性質上、入学試験時までの秘密保持が絶対的に必要とされるもので、その印刷過程においても、終始大学側の担当教職員が立ち会うなど、極めて厳重な管理体制のもとで印刷されるという機密性の高い重要な文書であつて、本来経済的な取引の対象となるものではないから、客観的な取引価格などはあり得ないものであるが、入学試験以前にこれを知りたいと欲する者の中には、多額の金員を支払つてでも、これを入手したいというものがあり、現に本件においては、被告人等が入学試験以前に、本件入試問題用紙のコピーをその模範解答とともに、依頼を受けた入学希望者に渡すことによつて、これらの者一人につき一〇〇〇万円前後の対価を得たのであるから、本件入試問題用紙が窃盗の客体たる財物に該当することは明白であるといわなければならない。それ故、所論は採用できない。

(船田三雄 門馬良夫 新田誠志)

<参考・第一審判決抄>

(東京地裁昭五五(わ)第八八九号、

昭56.1.26判決)

(罪となるべき事実)

被告人岸田は早稲田工手学校を卒業後、昭和三二年二月より早稲田大学事務局に奉職、本件当時事務職員として同大学院商学研究科に籍をおいたもの、被告人岡は高等学校卒業後、昭和三〇年一〇月より同大学事務局に奉職、本件当時事務職員として同大学調度部調度課に籍をおいていたもの、被告人渡邊は早稲田高等工学校、早稲田大学早稲田専門学校、駒澤大学商経学部を順次卒業し、永年東京工業大学付属工業高等学校で教鞭をとり、昭和五三年に退職したのちは、民間会社に就職していたもの、被告人梅田は中学校卒業後製本工となり、昭和四三年八月に株式会社早稲田大学印刷所に就職して、本件当時同印刷所の工務係として印刷物の仕上げ作業等に従事していたものであるが、被告人岸田及び岡の両名は、被告人岸田が昭和五四年七月ころ、かねてより同大学商学部の裏口入学に絡んで個人的交際のあつた被告人渡邊より、昭和五五年度の入試に関し前年度裏口入学の取計らいを依頼して効を奏さなかつた同じ受験生について、重ねて裏口入学の取計らい方を打診され、被告人岡もそのころ、かねて知遇を得ていた同大学関係者らより同様の依頼を受けたことから、謝礼金目当てに再び相会して新たな裏口入学の方法を検討し合い、思案の挙句、昭和五四年九月中旬ころ、同大学教職員食堂で、同大学の入試問題の印刷を一手に行つている前記早稲田大学印刷所の従業員のうちから適当な人物を抱き込み、刷り上がつた入試問題用紙を秘かに持ち出させ、問題及び解答を入学希望者に教えて受験させるほか方法はないとの結論に達し、その旨相談をまとめたうえ、まず被告人岡が同年一〇月二日、東京都新宿区荒木町所在の飲食店「肉の万世」四谷店で、職務上面識のある被告人梅田に対し、早稲田大学商学部の昭和五五年度入試問題を印刷する際、これを持ち出してもらいたい旨依頼して、同被告人よりおおむね了解を取り付け、次いで被告人岡より、右印刷所の者に交渉し十分脈がある旨連絡を受けた被告人岸田が、同年一〇月中旬ころ、同都豊島区西池袋一丁目所在の割烹「中川」で、被告人渡邊に対し、さきごろ既に打ち明け同被告人も同調していた前記印刷所の従業員による入試問題用紙持出しの手立てがついた旨伝えるとともに、先に依頼のあつた受験生の裏口入学を謝礼金一、〇〇〇万円で取計らうことを承諾し、併せてその際、持出し協力者に五〇〇万円の報酬を支払う必要があり、更に二、三名の入学希望者を物色するよう要請し、同被告人の方ではこれに応じ不正入学希望者を探す旨約束したほか、模範解答作成の手配をも引き受け、ここに被告人らは順次入試問題用紙の持出しについて共謀を遂げ、かくて被告人岡の前記依頼に応じた被告人梅田が、昭和五五年二月五日と同月六日の両日にわたり、同都新宿区戸塚町一丁日一〇三番地所在の前記株式会社早稲田大学印刷所(代表取締役間瀬晴雄外一名)において、同社が管理し、学校法人早稲田大学(理事長兼総長清水司)が所有する昭和五五年度早稲田大学商学部入学試験問題印刷物三部(社会・数学、英語、国語各一部)を仕上げ作業中に抜き取つて同印刷所内の自己使用のロッカー内に隠匿したのち、同印刷所外に持ち出してこれを窃取したものである。

(弁護人の主張に対する補足説明)

二 本件被害物件の財物性について

刑法上窃盗罪の目的となる財物とは、財産権殊に所有権の目的となり得べき物をいい、それが金銭的ないし経済的価値を有するや否やは問うところでないことは、すでに確立した判例であり、学説上もおおむね異論をきかないところであつて、本件被害物件の財物性についてはあえて多言を要しないと思われるが、弁護人はこれに異論をさしはさむ向きもあるので、念のため一言するに、本件窃盗罪の目的物である入試問題用紙はその性質上法的容認を前提とする客観的な金銭評価に親しまないとはいえ、入学試験の公正を担保するため高度の機密を化体する文書として特に厳重な管理下におかれていたもので、所有者にとつては、少なくとも主観的な価値の極めて高いものであり、刑法上保護に値する十分な理由の存することはいうまでもなく、本件被害物件の財物性についてはいささかも疑いを容れないのである。

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